『鬼平犯科帳』は、何度となくドラマ化され
近年では中村吉右衛門さんの「鬼平」で大好評を博した
池波正太郎さんの代表作なれど
…読もう、読もう…と思いつつも手にしたことがなかった
その第1巻を …遂に!…と言おうか…やっと!?…と言おうか手にした
本棚に並ぶ書籍を眺めると私が日頃、読んでいる本には
かなりの偏りのあることがわかります。
第一に持ち歩くのに重くて嵩張る単行本は必要に迫られたものしかなく
大半は文庫本であること!!。
特に移動に電車やバスを利用するようになった学生以降、
話題作でも大ヒット作でもとにかく文庫本化されないと
読む気を毛頭持たないわがままさを遺憾なく発揮 
また外国作品はとても少なく、書店でも素通りばかりしています。
何故かと言うと、私自身が理解できない言語で書かれた作品は
勿論、日本語に翻訳されているのですが
日本語の微妙なニュアンスを他の言語に訳するのが困難なように
たとえどんな名作であっても英語やフランス語、ロシア語で書かれた文章が
翻訳という作業をくぐってしまうと、どうしても繊細さを失っている危険性があり
読んでも無味乾燥を感じる場合が多々あるからです。
とは言いましても、…世界の名作は名作…。
学生時代から読破しては来たものの、…却ってそれが仇となり…(!?)
中高生時代の読書は自分自身がまだ未熟なだけに
作品を頭のレベルでしか読めないことも多い為、
翻訳された作品を前に頭が痛くなってしまい
それで余計に外国作品を敬遠するようになった悲しい経緯が
なきにしもあらずではありますが!?。
(その代表作が三島由紀夫作 『金閣寺』で
中学1年生頃に読んだものの、…脳ミソが腐りそうだ!?… と思って以来、
大学のゼミで取り上げるまで三島作品には近寄ろうともしませんでした
)
日本の作品を見ても純文学と言われる名作や
大学の専門課程で学んだ分野の学術書は一応、網羅してはいるんですけど、
社会人になったから手にする作品の殆どは時代小説で
それも圧倒的に女流作家に偏っており、
ここ数年は澤田ふじ子作品にはまっておりまして
やたらと澤田作品が増殖している感があります!?。
そんな中で、…いつかは手にしたい… と思っていた人気作品がありました。
それが、『鬼平犯科帳』 です。

=池波正太郎の時代小説=
1967年12月号に単発物『浅草・御厩河岸』として、
「オール讀物」に発表され
1968年1月号掲載の『唖の十蔵』から
『鬼平犯科帳』の題名が付されるようになった
火付盗賊改方 長官・長谷川平蔵を主人公とする捕物帳
吉右衛門さんの「鬼平」が好評を博した1990年頃から
…読もうかなぁ… と思いつつも何故か手に取るチャンスがなく
…本を読んでいないんだから… とドラマも一度も目にしたことなく(!?)
(← …どうしてか、頑なにも
…) 来たんですけど
昨日、欲しかった澤田作品がなく、かと言って読む本を持っていないのは我慢がならないので
…読みたい!と思わせてくれる本はないかぁ… と店内をブラブラしていると
『鬼平犯科帳』 第1巻が目に止まり、
…遂に…と言いましょうか…やっと…と言いましょうか
24巻と格闘する決意を致しまして (← 大袈裟~~ッ!?) 購入致しました。
ツンドクや斜め読みは先ず、しないワタクシメ(!?)
この夏は、「鬼平」読破に勤(いそ)しみたいと思いおります 
…で~!!…、全巻読破の暁には吉右衛門さんの
「鬼平」舞台でも観劇できたら嬉しいんだけれど …
… なあんて(!?)
…歌舞伎座さよなら公演の舞台には… かからないですよね!?。
玉三郎さんの鏡花作品や勘三郎さんの野田作品が上演される歌舞伎座ですもの
吉右衛門さんの「鬼平」が上演されても支障はないと思うんですけど……。
…これって、やっぱり、わがままでしょうか!?…
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